在韓駐在員の現地リポート


by nazdravie
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【世界遺産探訪 #002】 プラハ歴史地区(チェコ)

f0008573_017323.jpgベルリン=シュパンダウ駅を出発してから約5時間後、列車はチェコのプラハ=ホレショヴィッツ駅のホームに到着しました。ドルトムントを過ぎ、ドイツとチェコの国境を越え、だんだんプラハに近づくにつれ、むかしテレビで見た、どこか陰鬱で殺伐とした東欧の街並みが車窓を通り過ぎていきました。それはプラハの駅に到着してからも同じで、正直ここが世界中の人が賞賛して止まない、あの美しいプラハの街なのか、心配になりました。

とりあえず、プラハ=ホレショヴィッツ駅から宿所のあるヴァーツラフ広場へ向かうことに。フロレンツ駅で一度乗り換え、ムステーク駅で下車しました。地下鉄は日本や韓国の地下鉄と違い、やはりどこか暗い雰囲気が漂っていて、ホテルに荷物を置く前に、気分はすでにブルーな方向に向かっていました。そして階段を上がりついにプラハの中心部・ヴァーツラフ広場に足を踏み入れました。そこで見たプラハの光景は……。

「…………」

言葉が出ませんでした。あまりにも美しすぎて。ヴァーツラフ広場の突き当たりにある国立博物館の、圧倒的な存在感にまず驚き、そこから一直線にこちらに伸びる広場の両端には、ここがまるで数世紀前のヨーロッパであるかのような錯覚に陥らせるに十分な歴史的な建築物が、ところ狭しと林立しています。下に目を向けると、ここ1~2年に敷き詰められた「テーマパーク式」でない、数世紀の間に時代に磨かれた、黒光りのする石畳が網の目のようなプラハの町を張り巡らされています。

ホテルに荷物を置き、旧市街に足を運びましたが、到着してすでに1時間は経とうかというのに、まだ驚きと興奮はおさまりません。細い路地を歩き、またさらに細い路地を……。どこまで行っても、石畳の道は続き、ずっとこの地を見続けてきたであろう多くの建物が、次から次へと目の前に現れては通り過ぎていきます。

f0008573_0165191.jpgスメタナが愛したモルダウ川に架かるカレル橋は観光客でいっぱいでした。橋の両端に並ぶ彫刻、橋の上でジャズの演奏をするストリート・ミュージシャン。川のほとりには「新世界から」で有名なドボルザークの銅像があり、その道路向かいには、そのむかしフランツ・カフカも住んでいたというユダヤ人街が広がります。もうこれだけで十分すぎるくらい感動しました。プラハの街全体がユネスコの文化遺産に登録された理由が、十分すぎるほどわかるような気がします。

ビロード革命を経て当時のチェコスロバキアがソ連と決別したとき、プラハ城のバルコニーからヴァーツラフ・ハヴェル大統領がチェコスロバキアの民主主義を高らかに宣言しました。それから10数年経ち、自分がその場にいるのが不思議な感じがしました。プラハ城から眺めるプラハの街は、「百塔の街」という別名のとおり、数多くの塔、そして赤い屋根の建物がひしめきあい、プラハが一部ではなく、街全体が昔のままの美しさを今に残しているのを実感しました。

ヨーロッパの都市を回った人たちは、「プラハは最後に行くべき」とよく言うそうですが、それほど多くのヨーロッパの都市に行ったことがない僕でも、「そうかも知れない」と思いました。いや、もしプラハ以上に美しい街があるのなら、是非とも行ってみたいものです。果たして、そんな感動がまた味わえるのでしょうか?
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by nazdravie | 2006-04-01 23:54 | 世界遺産探訪