在韓駐在員の現地リポート


by nazdravie
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<   2007年 12月 ( 5 )   > この月の画像一覧

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友だちの結婚式で、昨日おとといと金沢に行ってきました。滞在時間がたったの22時間だったので、兼六園や茶屋街などには行けませんでしたが、それでも加賀百万石の城下町だったというだけあって、町並みも他の地方都市に比べ、どことなく洗練されていて粋な感じがしました。そして、金沢は食べ物が美味しい!特に魚料理が豊富で、名物ゴリをはじめ、たくさんの美味しい魚を堪能しました。



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今回結婚式があったのは、金沢21世紀美術館というところ。主に現代美術が中心のようですが、ユニークな展示室が館内に点在していて、どこか堅苦しくて難しいイメージのある既存の美術館のイメージとは、かなりかけ離れています。写真にあるプールも、水の中を人が歩いているように錯覚させてしまう、そんなユニークな作品です。結婚式はこの美術館の中にあるレストランで。乾杯の音頭を取る「大役」を仰せつかったわけですが、日ごろ口数が多い割には大勢の前で話すのが苦手な僕。事前に用意したネタを話す余裕もなく、ただ「乾杯!」。つまらなくてごめんね……(笑)。



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最後に写真をもう一枚。これは式で出てきたお寿司なんですが、「蹴鞠寿司」という、金沢名物のお寿司だそうです。確かに、丸いボール状で、どことなく和風の風貌は、蹴鞠を彷彿とさせます。いやぁ、もう少し長居したかったです。単に素通りするにはあまりにももったいない、そんな魅力を感じさせてくれる町でした。次は食い倒れ旅行で……。
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by nazdravie | 2007-12-17 20:28 | いろいろ
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メルボルンへ行く日が刻一刻と近づいてきましたが、そんな時間の流れなんてお構いなしで、準備のほうは一向に進まず。やっぱり予備知識があまりないからか、それとも一都市にずっと滞在するからなのか、ヨーロッパ旅行のときみたいに、張り切ってスケジュールを作る計画は今もってなし……。

それでも、それなりの準備は着々と進めています。ひとつはもちろん、

「パブめぐり」

オーストラリアって、僕の中ではあんまり「ビールの国」っていうイメージはないんですが、ヨーロッパからの移民が多いからか、行ってきた人の話によると、味も結構イケてるとか。

すでにいくつか目星をつけているんですが、そのひとつが「Czech House」。名前からしてビールが頭に思い浮かんできますが、ライブを聴きながら、チェコの料理とビールを楽しむ、というお店。今回はラフな格好で行くので、ドレスコードとかあると困るんですが、それでも滞在中に、是非一度は行ってみたいお店です。

「パブめぐり」が夜の過ごし方なら、昼の過ごし方は、ズバリ、

「芝生で読書」

真夏の太陽の下、青々とした芝生の上にゴロンとなり、小難しい小説を読み耽る……。実は、こんなことを一度はしてみたかったんですが、今回のメルボルン滞在中に、是非トライしてみようと、小難しい小説をひとつ準備しました。

ミラン・クンデラの「不滅」

昼は芝生で読書に耽り、夜はパブに入りピルスナーで喉を潤す―。これぞ正しい「冬のサマークリスマス」の過ごし方!氷点下の酷寒の地・ソウルで仕事に追われる同僚をよそに、僕は暖かい南半球の芝生で読書とビール。

ホント、たまりませんね♪
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by nazdravie | 2007-12-14 23:06 | オセアニア旅行記

春川ダッカルビツアー

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昨年に引き続き、 今年も春川(チュンチョン)までダッカルビツアーに行って来ました。前回はアイスホッケーを観に行くついでにダッカルビだったんですが、今回は
正真正銘のダッカルビツアー!大和撫子ふたりと一緒に、文字どおり「両手に花」、いや「両手に華」の旅となりました(笑)。現地ではさらにもうひとりの美女が合流、氷点下の酷寒にもかかわらず、まさに「この世の春」

という話は置いといて(笑)、

春川までは、安養(アニャン)からは高速バスでちょうど2時間。江原道の中心都市ではありますが、とても小ぢんまりとした小さな町です。町中を歩いていると、今はソウルではなかなか見ることのできない、昔の韓国家屋が軒を並べていて、とても風情がありました。

さて、ダッカルビですが、前回と同じく春川の目抜き通り・明洞にあるダッカルビ横丁。たくさんのダッカルビ屋さんが狭い路地の両脇に並んでいるわけですが、客引きをするほとんどの店とは異なり、まったく客引きをしていない、でもたくさんのお客さんが中にいるお店に入りました。実は、ここは去年行ったのと同じ店。

ホールのおばちゃんの愛想はゼロだったけど、まぁ美味しかったからいいや、って感じで。今回はドンドン酒片手にダッカルビを楽しみました。

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さて、春川ということで「ひょっとして…」とあたりをキョロキョロしていたら、
偶然アイスホッケーアジアリーグがおこなわれるという情報をキャッチ!
せっかくだし、ついでだからということで、アイスリンクに向かうことに。いやぁ、まさかダッカルビを食べに来てHigh1とハルラのゲームを見るとは思いもしませんでした(^^V)

土日両日観戦したわけですが、結果はHigh1の連勝。ハルラはまったく元気がなく、このままでは残りのゲームも思いやられるなぁ、と思ってしまいました。あきらめず、最後までチーム一丸となって頑張ってほしいものです!

それにしても、春川は軍人が多いです。泊まったモーテルも、エレベーターが開けば必ず軍人が乗っていましたし、バスターミナルに行ったら、そこもまたたくさんの軍人さんがウロウロ。果ては、こんなお店まで発見!

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その名も「軍人百貨店」

江原道は北朝鮮と国境を接する土地柄、軍人さんがたくさんいるみたいです。日曜日の午後にバスターミナルにいるということは、休暇を利用して、春山まで息抜きにやって来たのかもしれませんね。
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by nazdravie | 2007-12-10 20:21 | いろいろ

Simple is the best!

最近思ったこと。

Michael Learns To Rockの「The Actor」と、徳永英明の「僕のそばに」の歌詞が、すごく似ているということ。こういう男の心理っていうのは、洋の東西を問わないのかな?



徳永英明 says:

今ごろ他の男ならば
やさしいことばで君を
髪を撫でてる 微笑んでいる
僕にはできないから

もしも寂しいなら僕のそばにおいで
君を抱き寄せるくらいしか出来ないけど




ふむ。つまり僕は不器用な男なんだ、というわけ。一方、



Michael Learns To Rock says:

He gives you gold and he’ll promise you
the whole world will be yours
I just can tell you I love you so
even though my odds are low




ふむ。つまり僕は誠実な男なんだ、というわけ。


不器用な男誠実な男


やさしいことばで髪を撫でて微笑むむこともできず、
ほしいものなら何でも買い与えてやる財力もない。

そんな男たちにできることは、ただひとつ。



君を抱き寄せることだけ。
Just can tell you I love you so.




つまりは、愛!?


Simple is the best!?



何だ、こんなに簡単なことだったんだ!

実践、実践……(^^)
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by nazdravie | 2007-12-06 23:18 | いろいろ
11月29日付けの聯合ニュースで、アニャンハルラのオーナーでもある鄭夢元・ハルラ建設会長についての記事がありました。アイスホッケー、そしてアニャンハルラに対するオーナーの熱い思いが伝わってきます。

急速に力をつけてきているカンウォンランドの成長にも目を見張るものがありますが、フランチャイズ化を通じて地に足をつけた取り組みを続けるハルラの存在は、やはり韓国では他の追随を許しません。オリンピック誘致のため、企業の広告塔として……、そんな世俗的な目的を超えた、ホッケーに対するオーナーの純粋な愛情が、ハルラを魅力的なチームに育ててきたんでしょうね。

さて、今日からバックスとの2連戦。鄭オーナーの期待に応え、ハルラは連勝することができるでしょうか?

---記事和訳---

<人びと> 鄭夢元・ハルラ建設会長 「アイスホッケー発展に尽くす」

「誰もができるスポーツじゃありませんよ」

アイスホッケーチーム・アニャンハルラの発足時からオーナーを務めている鄭夢元(チョン・モンウォン)ハルラ建設会長(52)は、リンクに対する愛情をこのように表現する。

まれに競技場を訪れる他種目のオーナーと違って、鄭オーナーはハルラの試合がある日は必ずアイスリンクに足を運ぶ。

ホームリンクのアニャンアイスリンクでおこなわれる競技はすべて観戦し、日本や中国でのアウェー戦も、週末なら都合のつくかぎり見に行っている。

仕事でどうしても観にいけないときは、夫人のホン・イナさんから得点状況を国際電話で随時確認するほど、夫婦のアイスホッケーに愛する愛情は格別だ。

社内の意見に耳を傾け、1994年12月にハルラの前身であるマンドウィニアを立ち上げた鄭オーナーは、次第にアイスホッケーの虜になっていった。IMFの危機にあっても、ソクタプ建設(1998年)、現代オイルバンカーズ(2002年)、ドンウォンドリームス(2003年)など、一時は4つあった実業チームが、次々と廃部となっていく中、ハルラだけは生き残ってきた。

鄭オーナーは、当時会長職にあったハルラグループの中核会社であるマンド機械などの経営権を明け渡す困難な状況においても、アイスホッケーチームを手放すことはなかった。

毎年30億ウォンの運営費がかさむわりには、マーケティング効果が低いマイナー種目のため、他のオーナーのようにチームを手放しても不思議ではないが、彼は「あきらめたくなかった」と振り返る。

「息子のようだ」と話す選手たちを見捨てるわけにはいかなかったからだろうか。彼は選手が入団するとき、兵役に就くとき、シーズン開幕前など、特別な日には夫人とともに食事に誘い、自宅や別荘に招待し、結婚式には必ず参席するなど、選手に多大な愛情を注いでいる。

ハルラのフォワード、キム・ハンソンは「自分らしいプレーができなかったとき、親父にはくどくどと説教されるが、(鄭)会長もチームが負けた日には、顔も見ずに行ってしまう。アイスホッケーが本当に好きで、いつもリンクに来て応援してくれるので、アイスホッケー人としてありがたい」と笑いながら話してくれた。

鄭オーナーは、ハルラをアジアリーグの頂点に立ち、すべての面で秀でた名門チームに作り上げるという夢を持っている。大きなレベル差を感じていた日本チームも、アジアリーグをともにしながら、その差がかなり縮まってきた。

また、彼にはアイスホッケーを愛する人間として、ひとつの願いがある。彼は「尚武チーム(訳注:実力のあるスポーツ選手が、兵役中も競技が続けられるように作られた組織。国軍体育部隊)ができることを心の底から願っている。それだけでも(停滞しているアイスホッケー界)全体が活性化する」と話す。

除隊後、それまでの実力を発揮できず、ひっそりと引退していった選手の姿に心を痛め、尚武ができて、選手たちが末永くプレーできることを望んでいる。

鄭会長は「一度見れば、これほど面白いスポーツはないのに、アイスホッケーは(国内では)マイナースポーツだ」と残念がり、こう続けた。「アイスホッケー発展のために尽くしていきたい。」

記事原文: 聨合ニュース(韓国語)
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by nazdravie | 2007-12-01 10:23 | 韓国アイスホッケー事情